なう ろうでんぐ

レトロゲーム界の暴れん坊天狗

真説 ドンキーコング(2)

前話

 

 ゴゴーという空気を含んだ低い音と金属が擦れる高い音、そして小刻みに揺れる部屋。

 朝か。僕はいつもの通り、目を閉じたままこのノイズをやりすごす。
 
 高架下のアパートに住む僕の毎日は、始発列車による目覚ましから始まる。
 ここから出勤の時間までは列車が来る度に起きて寝ての繰り返しだ。とはいえまだ早朝のこの時間は運転間隔が広い。2本目が来る30分後まで再び眠りにつく事にする――つもりだったが、何やらいつもと様子が違う。
 始発はもう行ったというのに音が止んでいないのだ。ゴゴゴと地から響いてくるような音。
隣りの部屋だろうか?いや……この部屋か?そういえば僕は昨日……。
 ぼやけていた意識の輪郭が徐々にはっきりしていく。そうだ、あのゴリラは……。
 
 昨日の事を思い出した僕は上体を飛び起こす、その瞬間、背中に走った刺すような痛みに思わず声が漏れた。
「ホッホウ!」
「おう、起きたか」
 声の方に目を遣るとよく見慣れた顔――ブラッキーが座っていた。彼は僕と同じ会社に雇われている解体工だ。同じ時期に雇われた縁で仲良くしており、社内では数少ない友達と言って良いだろう。
 僕は作る側、彼は壊す側なので同じ現場で仕事をする事はほとんど無いのだが、逆にその距離感がちょうど良いのかもしれない。そして何より彼はセンスが合う。オーバーオールにヒゲ面というスタイルがいかに素晴らしいかを理解している数少ない男だ。
 
 そういえばあのゴリラは。と思うと同時に、さっき聞こえたゴゴゴという音が耳に入ってきた。音の聞こえる方向に顔を向けると、そこには昨日のゴリラが大の字になって寝ていた。
 
ブラッキー、君がここまで?」
「礼はいらんぞ、お前らをネコに突っ込んで押してきただけだ」
 押してきただけ、といっても現場からここまでは普通に歩いても片道1時間だ。大人1人とゴリラを乗せて運んでくるのには随分骨が折れたはずだ。
 そんな事をおくびにも出さないブラッキーに心からの感謝の念が生まれた。
 
 神妙な空気を察してか、からかいながらブラッキーが言う。
「それにしてもお前あんなでかい声出すんだな、イヤッフー?だっけか?」
「なんだ、君もあそこに居たのか」
「騒がしいから何かと思って見に行ったらお前がいてよ、声かけようとしたところでイヤッフーだよ」
 
 続けてブラッキーはあの後の事を教えてくれた。
 僕が麻酔銃を受けてしまい、保険所の面々は大きく動揺した。僕の過失とはいえ上の人間に伝わると不味い事になるのか、この事は口外しないでくれと懇願したらしい。
 そこでブラッキーが出て行き、このままゴリラを置いていく代わりに口外しない事を約束してその場を収めたそうだ。
 僕が受けた麻酔銃は子ゴリラ向けだった事もあり非常に弱く、刺さった部分の痛みはあれども1日安静にしておけば十分らしい。
 
 一通り話し終えると、そこまでの調子から少し落としてブラッキーが言った。
「なぁ悪い事は言わん。やっぱり保健所に引き渡したらどうだ。お前一人が食っていくのだって楽じゃないだろ?」
 その言葉に責める様な意図はなく、僕の身を案じてという事はよくわかった。しかし、その提案には静かに首を振ることでしか答えられなかった。
「まぁそうだわな。サーカスに見放されたDonkeyKongか」
「僕みたいだろ?」
僕の自虐的な問いかけにブラッキーはそのヒゲを揺らした。
「まぁ、くれぐれも無理はするなよ。思ったよりお前も元気そうだし、そろそろ帰るわ。」
 
 床に置いていた仕事道具のハンマーを拾い帰り支度が整うと、ブラッキーは面倒くさそうに言った。
「そうだ、話した事なかったけどな、実家農家なんだわ。いつも食い切れねぇ量のバナナとか送ってくるからよ、ここに捨ててくぞ」
 ブラッキーが指差す先を見ると黄色く輝くバナナが3房置いてあった。実家が農家だなんて初耳だ、それに確か出身はかなり寒い地方だったはずだ。
 果たしてそんな地域でバナナなんて育てられるのだろうか。その上、こんな綺麗で真新しいバナナがちょうど良く届いたりするものだろうか。
 
 心に疑問が浮かび上がったが、これ以上彼を面倒臭がらせてしまうのが一番申し訳ない。僕はできる限り最大の感謝を込めて。
「恩に切る、ブラッキー
とだけ言った。
 
 つづく