レトロゲーム落語 「寿ゲーム」
プロデューサー(以下P):やぁ、ゲーム完成した?
ディレクター(以下D):なにを言ってんですかぁ、すぐにゲームなんてできやしませんよ。今ベータ版を作ってる途中でさぁ
P:あ、そうかぁ。VHS版だけじゃぁベータ派に申し訳立たねぇしな
D:くだらないこと言ってるんじゃありませんよ。ベータ版ってぇのはテストバージョンの事ですよ
P:なんだぁテストバージョンか
D:プロデューサーさんよ何考えてんだい、えぇ?今日はね、タイトルを決めなきゃいけない日なんですよ
P:あぁタイトルね。どーいうタイトルがいいかな
D:そうだねぇ、はじめてウチから出すゲームだから、手堅く売れそうなタイトルがいいねぇ
P:手堅く売れそうな。じゃーどうだい「舛添要一 朝までファミコン」ってのは
D:何だいそりゃ、ウチが出すのは野球ゲームですよ?ふざけないで決めとくれよ
P:んなこと言ったて難しいんだよ。じゃぁどうだいディレクター君、この先どんどんゲーム出すんだろ?わかりやすいように「ゲーム1」ってのは
D:あんた、何考えてんだい?昔の入力切替じゃないんだから。ウチから出す初のゲームなんだよ!
P:やぁ、おれだってわからねぇんだよ!んー、なんかいい決め方はないかねぇ
D:そぉだねぇ。あっしも前々から考えてはいたんですけどね。プロデューサーさん、こういうのはどうだい。コーエーテクモゲームスに行ってね、シブサワ・コウさんにタイトル付けてもらうの
P:シブサワ・コウ?っおい、よせよぉ。シブサワ・コウってのは実在しない架空の人物なんだぜ。しかもコーエーなんて行ったら「信長の野球」とかにされちまうよ。打席の度に「殿、次のご指示を」なんてつまらねぇじゃねぇか
D: そうじゃぁないよぉ、今はあそこの社長がシブサワ・コウって名乗ってるんだよ。それに歴史系ばかりじゃなくて競馬や乙女ゲー、その昔はエロまで色々なジャンル のゲームを出してるんだから何か良い知恵をもっているかもしれないじゃないか。ね、シブサワさんによくワケを話して、タイトルつけてもらったらどうだい
P:はぁ、なるほどねぇ。そんならいいかもしれねぇな。よしわかった。じゃあおれ、これからコーエー行ってくるから
―― 決めたとなれば早いもんでプロデューサー、東急東横線に揺られてコーエーテクモゲームスの本社がある日吉まで参りました
P:おたの申します。おたの申します!
シブサワ・コウ(以下シ):はいはい。あぁ、これはこれはプロデューサーさん、おいでなさい
P:えー実ぁね、シブサワさんに、ちょいとお願いがあって伺いました
シ:んー?なんじゃね
P:野球ゲームを作っていましてね
シ:野球ゲームを、あーそれは良いことだ。最近はめっきり野球ゲームは減ってしまった
P:それでシブサワさんにね、タイトルを付けてもれぇてえんですよ
シ:ほー、わしが名付け親。あーそれはありがたいな。どの様なタイトルがよろしかろう
P:へぇ、ディレクターが言うにはね、手堅くて売れそうなタイトルがいいって、こう言うんですよ。何かこう・・・売れる保険付きというような、素敵なタイトルをお頼み申します
シ:ほぅ、売れるタイトルか。ではどうじゃ、どんなゲームにも無双と付ければ売れる。野球無双という名前はどうかね?
P:あー、野球無双、野球無双ねぇ。でも、大谷君がバット振り回して栗山監督なぐっちゃったりするんでしょ?NPBが黙ってないですよ。もっと穏便で売れそうなの、ありませんか
シ:信長は売れる。「信長の野球」はどうじゃ?
P:予想通りだねぇおぃ。でも、そりゃぁムリですよ。甲冑着ながら野球するなんておかしいじゃないですか
シ:んーなんじゃ、気に入らんのか。じゃあウチから出すぞ
P:そりゃ結構ですよコーエーさんから出しゃぁ売れなくもないでしょうさ。もっとずーっと無難で売れそうなのありませんか。どんなことがあっても、売れるやつ
シ:そりゃぁちと無理じゃ。昔から、ゲームなんてぇのは売ってみなけりゃわからない
P:ですからね、そこを何とかおねげぇしますよぉ
シ: なんとかと言われてもなぁ。おっ、そうだ。いいことを思い出した。ここに大技林という 古今東西のソフト名と裏技が書かれた本がある。ここに載っている野球ゲームを参考にしようじゃないか。んー・・・、スーパー、みんなスーパーとつけている な。「スーパーベースボール」というのはどうじゃ。
P:はー、スーパーベースボール。スーパーって何ですかい?
シ:スーパーというのは「極上の」という意味じゃ。
P:ほー、ってぇとなにかい?このゲームは極上だよと主張するタイトルなんだねぇ。へっ、そりゃよさそうだ。まだほかにありますか?
シ:「ウルトラ」というのがある。
P:ちょいと待ってくださいなー。そりゃスーパーと似たようなもんじゃないですかね。
シ:いやいやこれはまた違う、「過度の」みたいな意味合いがあるんじゃ。スーパーよりも型破りな感じが出る
P:ほぅ、なるほどそりゃいいや
シ:他にもたくさんあるぞ「ファミリー」「究極」「ハリキリ」「パワフル」「パワー」この辺りも良いのぉ。
P:おいおいおい、そんないっぺんに言われちゃあ困っちまいますよ
シ:すまんすまん「ファミリー」は家族みんなでできるゲームだという意味があり、「究極」は文字通り極めておるということじゃの。「ハリキリ」「パワフル」も元気があって良い、「パワー」なんかはメジャーリーグのゲームであれば良いのではないかのぅ
P:いやいやいやどれも捨てがたいねぇ。ほかにもっとなにかありませんか?
シ:まだまだあるぞ、「なんてったって」「これが」「燃えろ」「ベストプレー」「ガンバ」この辺りも良いのぉ。
P:いやいやだからシブサワさん、いっぺんに言われちまうと困っちまうんだよ
シ:うんうん説明しよう、「なんてったって」「これが」は極上感を表しているが口語で親しみやすい。「燃えろ」は情熱が感じられる他にはないフレーズじゃな。「ベストプレー」は何とも知的な感じがあり、「ガンバ」の泥臭さも悪くない
P:いやー、もうどれも付けたくなっちまうや。
シ:そうじゃ「やきう」というのもあるぞ?
P:やきう?焼きうどんか何かかい?
シ:そうではない。やきゅうから小さい'ゆ'を抜いてやきうとしたのだ。コミカルさが出てゲームらしいフレーズじゃの。
P:はーなるほど、面白いもんですなぁ。まだありますか?
シ:一風変わった「殺人事件!?」というのはどうじゃ。
P:殺人事件?野球ゲームですよ。
シ:普段起こらなそうなところで起こるから面白いのじゃ。ただ実名を使うとうるさいからの、仮名にしとくんじゃぞ。
P:はぁ、殺人なんて思いもよりませんでしたよぉ、ほかにもありますか?
シ:そうじゃのう「東尾修監修」というのはどうじゃ?売れるには箔をつけるのも大事じゃ
P:へっ、庶民てぇのは看板には弱かったりしますからね。えー、ほかにありますか
シ:一個忘れておった「10倍」というのはどうじゃ。なんだかよくわからなくてもきっと何かが10倍になっておれば良い
P:へへっ、何が10倍と言わなけりゃいいですからね。何かがすげぇ様な気がしちまうや。えー、ほかにはどうですか
シ:そうじゃな、あとはなんとか編とつけるのはいいじゃろう。開幕編、感動編、最強編、どれもグレードアップ感が出るのぅ
P:ほー、あっしも1個知ってますよ黄金伝説完結編てぇタイトルはワクワクしましたな
シ:それは野球じゃないがまぁいいじゃろう。あとは名作のサブタイトルからいただいてもいいじゃろう、「パーフェクトクローザー」「ジャイロボール」とつければ名作間違いなしじゃ。
P:あっはは、いいねぇ。どっちもグッとくるサブタイトルだ、こりゃぁ名作になるよぉ。ほかになんかありますか?
シ:なんとか編に似てるが、なんとか版というもある、決定版、実名版、平成元年度版
P:なるほど、編はグレードアップだが版にはバージョンアップの様な印象が感じられるねぇ、ほかにもありますか?
シ:あとは野球ゲームではあまり見ないがバージョンを複数作ってもよいじゃろう。赤、緑と2バージョンにすれば2倍とはいかずとも1.5倍ぐらいは売れるかもしれんぞ。
P:そりゃいいですなぁ、両方買ってくれる人もいるかもしれねぇすからね。
シ:さぁ、もうこの辺でよかろう。この中からひとつ選びなさい
P:あー、そーすか。じゃぁ、すいませんけどね、あのー、ディレクターに見せなきゃいけねぇんでね、ちょいと紙に書いてくれますか。あの、土星文字はいけませんよ。書けました?あーそーですか。へぃへぃ。じゃこれ頂いてきますんで。へぇ。どうもありがとやんしたー
―― こりゃぁ売れそうなタイトルをたくさんもらったと喜び勇んでプロデューサーは会社へと戻る
P:ディレクター君!行ってきた
D:あ、どうもご苦労様。つけてもらいましたかい?タイトル
P:おー、とりあえずな、紙に書ぇてもらったんだ。ほら見ねぇな
D:また随分といろいろ書いてあるねぇ。なんだいプロデューサーさんよ。最初のスーパーってェのは、玉出かい
P:や、玉出じゃぁねえよ。こらおめぇ、極上のって意味だよ。
D:ふーん・・・、他には、東尾修監修?
P:そうだよ売れるゲームってぇのは箔がつかなくちゃいけねぇ
D:あたしゃ知りませんよこの人
P:なんだよぉおい、石田純一の今の嫁のお父さんだよぉ!
D:はぁ、なんか凄そうには聞こえるかもねぇ、他にもいっぱい書いてあるけど・・・
P:や、それが残らずどれも売れそうなんだよ。な、だからおめぇが、そん中からひとつ選んでくれよ
D:や、あっしは決められねぇよディレクターなんだから。プロデューサーがちゃんと決めなくてどうすんだい
P:おれだって困ってるんだよぉ、ええ?わかった、じゃ、ひとつ名前決めたところでよ、やっぱりこっちの方が良かったなーなんてのがあるんだよ。だからディレクター、こうしようじゃねェか。そっくりぜんぶ名前にしちまおう
D:そっくりったって、プロデューサーさんよ、これじゃ長すぎるよ
P:いいんだよ、売れるんだから。おらぁ、そーするよ!
―― なんて具合に適当な会社があったもんで、ソフトにながーい名前を付けてしまった。さぁ、発売日のゲームショップは大騒ぎでございます
坊や(以下坊):すいませーん「スーパーウルトラファミリー究極ハリキリパワフルパワーベースボール なんてったってこれが燃えろベストプレーガンバやきう殺人事件!?東尾修監修の10倍開幕編 感動編 最強編 黄金伝説完結編 ~パーフェクトクローザーのジャイロボール~ 決定版 実名版 平成元年度版 赤」ください!
店長(以下店):あー、まだあったか なぁ。ねぇバイト君「スーパーウルトラファミリー究極ハリキリパワフルパワーベースボール なんてったってこれが燃えろベストプレーガンバやきう殺人事件!?東尾修監修の10倍開幕編 感動編 最強編 黄金伝説完結編 ~パーフェクトクローザーのジャイロボール~ 決定版 実名版 平成元年度版 赤」の在庫まだあるか見てきて
バイト(以下バ):え?ワンチャイコネクションですか?
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バ:はいはい、探してきます
店: 坊やごめんねー、今ちょっと「スーパーウルトラファミリー究極ハリキリパワフルパワーベースボール なんてったってこれが燃えろベストプレーガンバやきう殺人事件!?東尾修監修の10倍開幕編 感動編 最強編 黄金伝説完結編 ~パーフェクトクローザーのジャイロボール~ 決定版 実名版 平成元年度版 赤」の在庫探してるから
バ:店長ー、在庫ありませんでした。「スーパーウルトラファミリー究極ハリキリパワフルパワーベースボール なんてったってこれが燃えろベストプレーガンバやきう殺人事件!?東尾修監修の10倍開幕編 感動編 最強編 黄金伝説完結編 ~パーフェクトクローザーのジャイロボール~ 決定版 実名版 平成元年度版 緑」ならあるんですが・・・
店:そうかー、ねぇ坊や 「スーパーウルトラファミリー究極ハリキリパワフルパワーベースボール なんてったってこれが燃えろベストプレーガンバやきう殺人事件!?東尾修監修の10倍開幕編 感動編 最強編 黄金伝説完結編 ~パーフェクトクローザーのジャイロボール~ 決定版 実名版 平成元年度版 赤」は無いんだけど、
「スーパーウルトラファミリー究極ハリキリパワフルパワーベースボール なんてったってこれが燃えろベストプレーガンバやきう殺人事件!?東尾修監修の10倍開幕編 感動編 最強編 黄金伝説完結編 ~パーフェクトクローザーのジャイロボール~ 決定版 実名版 平成元年度版 緑」ならあるんだ。どうかな?
坊:うわーん
店:どうしたんだい坊や!?
坊:あんまり長いから、もう続編出ちゃったよー
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筆者注:
さらに長いタイトルのゲームが実在します。超えられませんでした。