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なう ろうでんぐ

レトロゲーム界の暴れん坊天狗

我々は林家三平を知っている

落語

三平との出会い

先日、笑点の新メンバーとして二代・林家三平が加入した。


「見た?三平、というか、いっ平。」
「見た見た、いっ平は無いよなー。」
なんて話を友人としたが、こんな会話が全国で交わされたのではないだろうか。
いっ平というのは彼が三平を襲名する前の名前である。私の様なちょうど30代前後の男達には、彼の名はいっ平として刻み込まれている事が多い。
 
ではそれはいつ刻み込まれたのだろうか?
時は1994年4月まで遡る。
テレビ東京が現在よりももっと2軍感の強いポジションにあった頃。非常に興味深く、そしてミステリアスなゲーム情報番組があった。
 
それが我々といっ平の出会いの場。
ゲーム王国である。

ゲーム王国 - Wikipedia

いっ平の話に入る前に、まずはこの番組のミステリアスな点を挙げていこう。

 

ゲーム王国が誇る世界観

1.番組MC

番組開始当初のMCはホトトギス声帯模写(声マネ)で有名な江戸家小猫(当時 / 猫八襲名後、今年逝去)と元女子プロレスラーライオネス飛鳥であった。
当時の彼らを知る方であれば、ゲーム番組の司会にその2人とは大変に前衛的だと思うことだろう。
当時の感覚がつかめない若人に向け敢えて現在の芸能人で例えると、池上彰澤穂希といった並びが近いのではないかと思う。
 

 2.有名ソフトが存在しない世界

基本的にマリオやドラクエ、FFは登場しない。登場するメーカーとして記憶に強く刷り込まれているのはカルチャーブレーンデータイーストケムコといった面々。大人になって彼らが番組スポンサー各社であった事に気付くのだが子供の頃はわかりゃしないのである。
 

 3.超人気ハード、プレイディア

番組内には子供同士のゲーム対決コーナーがあり、勝つとプレイディアがもらえた。あの名機、プレイディアである。プレイディアを知らない諸兄は調べていただければと思うが、対決に使用したゲームをもらえた敗者の方が心なしか嬉しそうな事が多いという事実だけ書き加えておこう。
 

突如ぶち込まれるいっ平

この様に独自の世界観が構築されたゲーム王国。
ここにある日突然ぶち込まれたのが林家いっ平である。
正確な時期はわからないが恐らくネット上の動画などを参照する限り番組開始から9ヶ月経ったあたり。1995年にレギュラーMCになったのではないかと推測される。私のおぼろげな記憶では「結構早めにテコ入れしてきやがったな」というイメージも残っているのだが、その後、こいつはテコどころかおぼろ豆腐じゃねぇかと気づかされるのである。
 
ゲーム王国という番組は小猫、飛鳥によって構築されていた絶妙なバランスが魅力だった様に思う。所謂シュルレアリスムの様な趣も感じる体制だったのでは無いだろうか。それがいっ平という東京チカラめしの様な男にぶち壊されるのである。
 
明らかにゲームに詳しくない話しっぷり、わざとらしく上がるテンション、会場の子供達が黙り込むギャグ。今思うとテレビを見て腹を立てたのはこれがはじめてだったかもしれない。
 
いや同じ、同じではある。ゲームを全く知らないのは小猫も飛鳥も同じである。しかし無理はしていなかった。ゲームを知らない事を2人は受け入れていた。それが声帯模写、プロレスを本職とする2人の矜持だったのかもしれないし、わからないなりに、せめてゲームの紹介の邪魔とならない様にという思いがあった気がする。
 
その一方でいっ平だ。ゲームは知らない、でもなんか盛り上げたい、楽しませたい。今となれば気持ちはわかる。小猫、飛鳥と違い実績はまだ無い、兄(こぶ平、現在は正蔵)はTVの人気者、ここをきっかけに売れるぞ!売れる!番組を盛り上げて売れるぞ!そんな気持ちがあったのだろう。そして、そこが逆にゲーム少年であった私の癇に障った。お前は面白くないんだから黙ってゲームを見せろ!
 
正直なところ、具体的な番組の内容はほとんど覚えていない。覚えているのはここまでに書いた内容と毎週の様に繰り返されるキッドクラウンのクレイジーチェイスの紹介ぐらいだ。しかし、しかしである。このいっ平のポンコツぶりだけは未だに脳裏に刻み込まれ離れないのだ。
 

そして現在

もうあれから20余年もの時が経った。その間、私がゲーム王国以外でいっ平を見たのは数える程だ。私に近い世代では同じ様な人が多いのではないだろうか?そして多かれ少なかれ彼の事を悲しい目で見つめていた人も居るだろう。
 
そして今、再び起きたのである。自分が見ている番組のテコ入れとして、いっ平が投入されるという現象が。
 
これはもう心配でたまらない。
経験則として心配が必要な状況なのである。
笑点の終わりのはじまりなのではと思ってしまうのである。
笑点という名のオマール海老とウニのゼリー寄せにチョコミントアイスをぶちまける結果になってしまうのではないかと思ってしまうのである。
しかし、唯一の希望の光は笑点大喜利がいっ平にとっては本職である事だ。ゲームと違って本職の番組なら素晴らしい手腕を発揮するかもしれない。
いや、そう信じないとやってられない!
 
いっ平に何の恨みがという書き様だが応援はしている。してる!してる!ああ、してるさ!
だが、まだまだ彼の大喜利でのいっぱいいっぱい感がすごくて答える度にチャンネルを変えたくなる衝動に駆られてしまうのだ。
そんないっ平には思い出して欲しい、故・猫八師匠の顔を、現在、会員制のバーをやっているライオネス飛鳥の顔を。そう、平常心だ。あの頃の様に焦ってはいけない。
その後ライオネス飛鳥は早々に降板し、いっ平が何年もMCを務めるのだが、ずっと焦り続けていた気がする。だからこそ猫ネスコンビの顔を思い出そう。彼らの揺るがぬ平常心を思い出せば、いっ平もきっと笑点に馴染んでいくのではないだろうか。
 
そうすればきっといつか、こう自慢して言える日が来るに違いない。
我々は若い頃の林家三平を知っている。と。