真説 バルーンファイト
「豪華客船乗ってたのに...腹が減ってるのなんでだろぅ...」
「なんでだろぅ...」
現実逃避する様に歌ったいつものフレーズは客席に届かぬまま消えていく。
僕はテツ。テツandトモの赤い方と言えばわかるだろうか。
この上なくおいしい営業に来たはずだった。
約1ヶ月のあいだ豪華客船に同乗し、日に1回、1時間程度のステージをこなす。それだけで通常の半年分に迫る程のギャラが得られる予定だったのだが、もはやそれどころではなくなってしまった。
東京から出航し7日目の夜、僕たちがステージに上がっているときの事だ。ちょうどネタが終わる間際。
「なんでだ!なんでだ!なんでだなんでだろぉ~お~、おぉ~お~お~ぉお~」
このタイミングで僕が高速スピンをかましていた瞬間にそれは起こる。
スピンしている自分の体がふわりと宙に浮く。
遂に僕はスピンを極めてすぎてしまったのかと思うと同時に轟音が耳に届いた。
金属が擦れ、割れ、潰される様な音。そして僕の体は地面に叩きつけられる。
僕らが乗っていた船は、どことも知れぬ島に座礁した。
500人程の乗客や乗組員は軽傷を負った人を除き無事だったが、船内にあった食料も底をつき始め、皆が慢性的な空腹に苛まれている。
数日すれば来ると思っていた救助も一向に来る気配が無い。この絶望的な状況で、僕の様な芸人ができる事は無い。
座礁した時のことだが、船長が言うには船の前に急に島が現れたらしい。
乗客たちはそんな訳がないだろう、操船ミスではないのかと大いに責めたのだが、船員達全員が同じく急に現れたと主張していることを鑑みると、その奇妙な現象に納得せざるを得なかった。
そしてこの島に漂う不気味さが、さらにその納得感を強める。
まず決して晴れる事がない。
常にどこかに雷雲が浮かんでおり、そこからは一定期間で強い稲光が放たれている。
次に大量に生息する飛べない鳥たちである。
島に下りた僕たちの眼にまず入ったのは、座礁した船を遠くからみつめる大量の鳥だった。
最初こそ放っていたのだが、3日目あたりだっただろうか、ふと誰かが言った言葉に僕はハッとさせられた。
「あいつら、飛んでるか?」
そう、鳥の風体をしながら一切飛ばないのである。かといってニワトリとはまた違う明らかな鳥にも関わらずなのだ。
そしてしばらくして船にある食料の底が見えてきたころ、あの鳥を狩ろうという話になり、比較的動ける者たちが狩りに出た。
しかしだ。
思いのほか知能があるのか、鳥たちを捕まえられそうな気配がまったくない。姿は見えるのだが少しでも近づくと一定の距離を保ちながら離れていくのだ。
しかし完全に逃げる事はしない。まるで我々を監視している様にも見える。
誰も言わなかったが僕の頭には嫌な考えが浮かんでいた。
相手を食料であると考えているのは我々だけではないのではないだろうか。不可解な事に鳥達が何かを食べている様子は見て取れない、そして1周5kmほどのこの島には一切の食料がない。生えているのは雑草だけだ。
一体あいつらはどうやって生きながらえているのだろう。
もちろん海にも活路を求めた。釣竿らしきものを作り魚釣りを試みたものの、全ての釣竿は何者かによって海にひきずりこまれた。
恐れ慄く者もいたが、逆に引きずり込むほどの大魚であれば食料として大いに価値がある、と考えた者がまずば姿を確かめようと船から救命ボートを下ろした。
そして間もなく、救命ボートばバリバリと砕けた。
正直なところ今だに信じられないのだが、鯨サイズのピラニアらしき大魚がボートを噛み砕いたのだ。
我々にはあれは狩れない。狩られるのは我々の方である。
やはりこの島は全てがおかしいのだ。
鳥は捕まえられず、海にも活路が見出せない。八方ふさがりにも思える状況の中、船員の一人がみんなの前にボンベと風船を持って現れた。イベントの飾りつけのために用意されていたものらしい。
「もう、この手段しか無いかもしれない。」
そう、まさかの提案である。この風船をつけて飛ぼうというのだ。
豪華客船というものは言ってしまえば老後の道楽である。乗員以外の若者というのは全く居ない。
風船で飛び、どこかへ助けを求めに行くとすれば必然的に体力がある船員か僕たちなのだが、船員たちは万一、船のエンジンが復旧した場合に必要である。
そんな状況の中僕らは、飛ぶと決めた訳ではない、あくまで試すだけだ、との前提を強く示した上で風船での浮上を試すことになった。
体に縄をくくりつけその先に風船をとりつける。風船の色は奇しくも僕のジャージと同じ赤だ。
風船にヘリウムが注入されていく。イベント用という事もありかなりの大サイズの風船でパンパンになる頃には僕の背丈の2倍ほどになった。
しかしまだ体が浮く様子はない。2個目の風船を体にくくりつけヘリウムを注入する。
同時にトモにも風船がくくりつけられている。やはりジャージと同じブルーの風船。まぁこんな時でも――いや、こんな時だからこそ色を合わせるというのは重要かもしれない。トモもまだ浮かず2個目に入っている。
2個目にヘリウムが入るに従い僕の体は段々と軽くなっていく。そして、2個目の風船がパンパンになる頃、遂に僕は浮いた。
どういう按配なのか、両手で羽ばたくと浮き、はばたきを止めると落ちていく。どうやらトモも同じ様だ。
安定した飛行のためにはせめてもう2個ぐらい、というかもっともっとたくさん風船が必要だろう。しかしちょうどヘリウムはなくなった様で、ボンベの口を閉じながら船員が言った。
「ちょうどヘリウム切れですね、まだボンベあったので持ってきます」
船内に戻っていく船員。しばしの休憩だ。
慣れてくると以外に楽しい。強いはばたき、弱いはばたきで高度を自在に調整できる様になってきた。
10mぐらいの高さに上がった辺りでくるりと体をむきなおし船のほうを見る。
すると信じがたい光景が目に入ってきた。
鳥達が大量のボンベを船内から次々に持ち出しているのだ。小脇には風船も抱えているように見えた。
「捕まえろ!」
先ほどの船員が叫びながら船内から飛び出す。
しかし元々我々が捕まえられなかった鳥たちだ。1匹たりとも捕まえられず、あっというまにボンベを持ち去っていった。
泣くよりももっと悲愴感溢れる顔で船員が戻ってくる。
「全部…全部やられました。その風船で最後です。」
僕らの選択肢は無くなった。
ヘリウムが風船から漏れる前に速やかに飛び立ち、どこかに到達し助けを呼ばなくてはならない。
どの道ここに居てはゆっくりと死を待つだけだ。
「行こう、テッちゃん」
長年連れ添った相方が覚悟を決めている。僕も覚悟を決めるしかない。
乗員や乗客達に決意を伝えると、乗員の1人が近づいてきて言った。
「気休めにしかならないかもしれないですが、これを」
彼は赤と青のヘルメットとスパイクを僕らに差し出した。確かに気休め程度かもしれないが、今は何でも心強い。
なぜか僕には青の渡され、トモには赤が渡された。逆!逆!と普段ならツッコミたくなる場面だがそのままにしておいた。
これから長い空の旅になる。相方の色をそばに置いておくのも悪くない。
船長が最敬礼しながら言う。
「お二人が最後の希望です。どうかご無事で」
僕らは両手をはばたかせ浮き上がる。
30Mほどの高さになったころだろうか、トモが不思議そうに言った。
「おいテッちゃん、あれは何だ?」
島のいたるところで白い丸が大きくなっている様子が目に留まった。
目を凝らしてみる。まさかである。鳥達が白い風船を膨らましているではないか。その異様な光景に動けないでいると膨らみきった風船がふわりと飛びはじめた。
その風船1つ1つには鳥がくくりつけられている。そして信じたくはないが、その風船たちは明らかにこちらに向かってきている。
やはり彼らは僕らを見張っていたのだ。この島から逃がすつもりは無いらしい。
恐怖で叫びだしそうになる僕にトモが冷静に言う。
「風船にも限りがある、奴らの風船を全て割ってしまえばいいんだ」
情熱の赤、冷静の青。やっぱりこいつと組んでよかった。トモが笑いながら言う。
「テッちゃん、こいつらみんな倒して一緒にバルーントリップしような」
――後に僕は一人でバルーントリップをしながら、なんでだろう。と思うのであった。
(続きはバルーンファイト本編でお楽しみください!)
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